今日は、松雪泰子, 豊川悦司, 蒼井優, 山崎静代, 岸部一徳の出演している『フラガール』をマディソン日本人の会のイベントで鑑賞しました。
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作品の概要 昭和40年(1965年)、大幅な規模縮小に追い込まれた福島県いわき市の常磐炭鉱。危機的状況の中、炭鉱で働く人々は、職場を失う現実・苦悩に立ち向かい、町おこし事業として立ち上げた常磐ハワイアンセンター(現:スパリゾートハワイアンズ)の誕生から成功までの実話を描いた作品です(wikipedia)。ウィキは
こちら作品では、炭鉱で働く人(従来的価値観)と、石炭の未来に危機感を抱きハワインアンセンターという新しい試みを始めようとする人(新価値観)、そしてその試みを外部から来たものとして関わっていく松雪(外部者)が主な登場人物です。
炭鉱で働いている人は、石炭が将来的に先細りすると分かっていても今まで自分たちが築いてきた過去の実績や新しいものに取り組む勇気や力がないために、石炭堀を続けざるを得ない。
一方、新しい試みを始めようとする一部の大人と、それに共感した若い女性たち(彼女たちは将来的にハワインダンサーとなる)。さらには、東北の炭鉱の町の娘たちにハワイアンダンスを教えるために、東京という外部からやってきた松雪。この三つの人たちで繰り広げられるのです。
作品そのものもよかった(日本のアカデミー賞最優秀作品も受賞している)のですが、「これって開発の問題と似ているな」と思うシーンがいくつもありました。
開発との類似点 興味深かった点は2点です。ひとつは、外部者がどうやってその地域社会の変革に携わっていくのかという視点です。
松雪は、東京という外部から来た人間として、炭鉱で働く人に自分たちの生活を脅かす存在として忌み嫌われます。一方、ハワインダンサーを目指している女の子たちとも、「東京のもんに何が分かるんだ!」とよく衝突します。
これは開発のコンテクストにも当てはまるのではないかと思うのです。つまり、途上国の農村に、先進国という外部からやってきた専門家たちが、何か新しいプロジェクトをしようとすると必ずぶつかるはずなのです。
つまり、旧勢力からは忌み嫌われ、新しい試みをやろうとしている勢力とは一見協力しているように見えるが、それは一旦利害が対立すればもろくくずれるものかもしれないのです。
2点目は、炭鉱の町から、現在に危機感を頂き新しい試みに共感し手を挙げたものたちが、女性という点です。
日本の1950-60年代の公害問題や、バングラディシュのグラミン銀行の例をみると、新しい試みに果敢に挑戦できるのは女性なのかもしれません。男性は、旧来の価値観や「仕事」にとらわれがちで、なかなか新しい価値観にうつれないのかもしれません。
映画を見終わって 結局映画を見終わって、外部者として、日本・途上国を問わず地域社会に新しいプロジェクトや試みをやろうとすれば、必ず旧勢力や現地の人との衝突があるのではないかと思いました。
それを最小限にするためには、外部者が能力があることはもちろんなのですが(松雪もプロのダンサーとして能力はあったが)、あくまでも主人公は現地人の「彼ら・彼女ら」であるということを心にとめておくということではないかなと思います(映画でもエンディングで、旧勢力を取り込んで新しい道へと進むことに成功させたのは、あくまでも現地人であったダンサーたち)。
もしも、自分が将来的に日本や途上国で地域社会振興に携わるとすれば、上記の点を忘れないようにしたいです。
付録 ちなみに、今回話題として「外部者」は、社会開発・社会学・文化人類学の重要なキーワードです。外部者は、イギリスのサセックス大学のロバート・チェンバースが有名です。彼の、超有名な農村開発の基本書は以下。本書は、農村開発に限らず、開発に携わる人すべてにとって一読すべき書籍です(彼の考えに賛成するか否かは別として)
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